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ピーター・タスカ氏の講和を聞いて
PART2 上田 頭
 1963年、私はロンドンに滞在していた。その頃、大英帝国は長い時間をかけて次第に衰微していくのではないかと感じていた。繁華街のピカデリーサーカスの一角に「EXPORT OR DEATH」という大きい赤いネオンの看板が出ていたことを思い出す。
 先日、ある勉強会で在日20年の著名な国際アナリスト、ピーター・タスカ氏の講話「外から見た日本」を聞く機会があった。
 氏が成人された70年代は日本の失われた10年よりずっと悲惨な時代だったという。自動車も鉄鋼も航空会社、通信会社も全て国有化され、運営されていた。
 その後サッチャー首相の規制緩和など改革が成功し、企業はグローバル化の波に乗って劇的に業績を回復した。金融ビッグバンによって、シティはニューヨークに並ぶ金融センターに変わった。
 最近では14年連続の景気拡大を記録している。利益率は高く、資本は拡大し、株式市場は堅調を維持している。
 グローバル化の一例として、ポーランド一国からでも60万人の移民を受け入れている。
 当初は仕事の現場では摩擦もあったが、次第に融合し、結局サービスの質は上がり、生産性も上がり、パイが大きくなっている。グローバル化の果実であるという。
 一方、日本はバブル崩壊後の失われた10年の苦難の時代を経て、小泉改革の効果が出た。これが4年に及ぶ景気拡大をもたらし、株式市場も活気をとり戻しつつあった。
 しかし、その後の政治は旧来に逆戻りの傾向を見せ、経営者は好景気に気がゆるみ、内向き、安全第一、リスクをとってハイリターンを求める気概に欠け、世界の中で戦う気力を失っているように思えてならないという。
 最近では日本企業による大型M&Aの成功する例がない。
 例えば三菱製紙の北越製紙に対する敵対的買収は失敗した。スティル・パートナーズによるブルドッグソースの買収提案も、ブルドッグ側の必死の防衛策によって失敗に終わった。
 このためにブルドッグの株価は、98年〜03年は500円程度であったものが、買収の動きが出て1200円程度に跳ね上がり、買収失敗によって250円になり、市場価値は長年に渡り増加しない状況である。
 最近の証券市場の長期停滞は深刻で、売買高の65%以上が外国人投資家によるものであり、日本人、特に個人は膨大な金融資産を抱えながら日本市場に参加せず(個人売買高シェアーは、2006年1月 41% → 2008年1月 20%弱)、外貨や新興国市場に移っている。
 外国人投資家も株式市場の成長性が乏しいので魅力を感じなくなっている。直近の株式市場の時価総額は432兆円。これは20年前(1998年10月)と同額である。これでは外国との市場間競争に勝てないので、我が国が目指す金融大国化の願望は夢物語になる可能性がある。
時価総額の推移(東商1部、2部、マザース計)
   1988年10月 433兆円
   1989年12月 611兆円(ピーク)
   2007年6月  578兆円
   2008年2月  432兆円
                  (東京証券取引所「東証要覧」より)
 もし、日本が国際舞台で主要なプレーヤーとなり、影響力を発揮しようとするなら、徹底した規制緩和と労働・資本市場を含む対外市場の開放で自国市場とグローバル市場を一体化し、深く組み込む以外に方法はない。
 こうすることによって、当初は摩擦もあるが、厳しい競争にさらされて、やがて生産性は向上し、景気拡大を維持させ、世界をリードする国になり得ると思う。それを是非実現させて欲しいというものであった。
 このような中で、最近経済界で二つの刮目すべき動きがあった。
 一つは東芝による米国原子力発電のウエスティングハウスの買収。HD・DVDの撤退と、フラッシュ・メモリーへの大型投資の決断であり、もう一つは中国の携帯電話市場からNEC、松下、京セラが相次いで撤退したにもかかわらず、シャープが新規参入を目指すという大胆な戦略を発表したことである。
 わが国が人口の減少、新興国の抬頭、グローバル化の大波を乗り越え、世界の中で存在感を示すには、ピーター・タスカ氏の提案のように、企業が国内市場に閉じこもるのではなく、グローバル化を成長の機会ととらえ、積極的に打って出て、日本経済を世界、特に成長著しいアジア市場に連動させ、競争を通じて生産性を向上させる以外に方法はないのではないかと思われるのである。その意味で東芝・シャープ両社の決断を評価したいと思う。